スターウッド・キャピタル・グループが2021年4月2日にインベスコ・オフィス・ジェイリートの大量保有報告書の提出と共にインベスコオフィスJリートの投資口全口を取得すべくTOBを仕掛けました。久々のREIT敵対的買収です。スターウッドキャピタルの狙いとインベスコの取りうる対応について考察したいと思います。
4/15のインベスコのプレスリリースを見て続編を書きました↓
インベスコオフィスJリートのスターウッドに対する第一手を発表
4/26プレスを見て更に続編を書きました↓
インベスコオフィスリートとスターウッドキャピタルそれぞれに動き
5/6プレスを見て続編書きました↓
インベスコオフィスJリートが正式にTOB反対を表明
Contents
インベスコとは
インベスコはグループで1兆4000億米ドル(約150兆円超)を運用する巨大資産運用会社です。世界中に運用プラットフォームがあり、不動産だけでなく株式、債券などを総合的に運用しています。
ニューヨーク証券取引所に上場している企業体になります。インベスコオフィスJリートはインベスコグループが運用しているJリート(投資法人)になります。
スターウッド・キャピタル・グループとは
スターウッドグループとは不動産を軸とした米系の投資会社です。一番わかりやすいものではヒルトンの運営会社(不動産そのものではない)を傘下に持つ企業です。
スターウッド・キャピタル・グループはやんちゃ、インベスコはどっしり構えた優等生タイプ(※勝手なイメージです)
インベスコもスターウッドキャピタルもいわゆる不動産ファンドのくくりになります。外資系不動産ファンドについては↓について解説しています。
外資系不動産ファンドとは?給与水準など詳しく解説します
不動産ファンドの具体的な仕事内容を解説
インベスコオフィスJリートを運用しているインベスコは地に足ついてどっしりとした運用を行う優等生のイメージがあります。
不動産の運用内容も余計なリスクを負わず手堅くリターンを狙っていくコア戦略をメインとしているイメージです。
不動産投資を始める前に:リスクリターンの考え方を整理しよう
それに対してスターウッドキャピタルグループはホテル運営に限らず企業買収も絡めた形でより積極的にリスクをとってリターン追及をねらっていく”やんちゃ”なイメージがあります。
私の勝手なイメージとしてやんちゃが優等生にケンカを売っている姿をイメージしています。
なぜスターウッドキャピタルグループはインベスコオフィスJリートの敵対的買収をおこなっているのか?
今回スターウッドグループによるインベスコオフィスJリート買収提案はどのような狙いのもと行われているのでしょうか?
大前提としてインベスコオフィスJリートは割安であるとの判断があるはず
今回のスターウッドキャピタルグループの狙いの大前提として、買収をかけるということは賃料や評価額などのどこかしらかで割安と判断、且つ買収後も収益を上げる確信があって仕掛けにきているということです。
イメージですが、インベスコが想定するリターンよりもスターウッドキャピタルグループが求めるリターンの方が高いです。
例えば物件ポートフォリオのいくつかに明らかに割安のものがあったり、インベスコによる運用が余りに非効率的で改善できる自信があったりなどでリターンを大幅に上昇できる考えがあって初めて買収を仕掛けているという理解です。
今回、一般的には視界不良状態にあるオフィスに目を付けて買収しているというのも非常に興味深いです。何かしらの勝算がきっとあるのでしょう。
プロであるスターウッドキャピタルグループは当然敵対的買収の為、得られる情報も限られている中で投資判断を行い仕掛けに来ています。
こういうのを見ると流石だな、と思ってしまいます。
スターウッドキャピタルグループの想定されるインベスコオフィスリート投資戦略は
私が担当者であれば、まずインベスコオフィスJリートが保有する18物件のうち、金額が小さくマーケット賃料と現況賃料のギャップが小さいものについては即売却します。
その上で賃料ギャップがあるものについては少し時間をかけてマーケット賃料まで上げていき、いい形で安定したところで売却といったところでしょうか。
上場リートについては1口あたりのNAV、企業でいうPBRが1を切れば企業よりも積極的に資産を処分してリターンを上げることが理論上可能です。
企業の資産よりもJリートの不動産をばら売りしていく方がよほど簡単だからです。
現在のインベスコの投資口価格はTOB表明により20000円を超えていますが、その前は一口あたりNAVが1を下回って推移をしている時期が去年から継続していました。
もしスターウッドが査定している資産の金額が大きく鑑定評価を上回る場合は即ばら売りしてリターンを確定させるという荒業も可能性ゼロではないでしょう。
インベスコオフィスJリートは割安なのか?
ではインベスコの物件ポートフォリオは割安なのか、検証してみたいと思います。
項目 | 数値(百万円、%) | 備考 |
物件稼働率 | 99.2% | |
物件取得価格合計 | 225,871 | |
取得価格NOI利回り | 5.18% | |
物件鑑定評価 | 274,131 | |
鑑定評価NOI利回り | 4.27% | 取得価格NOI利回りを基に試算 |
マーケット賃料引き直し後NOI | 12,803 | NOI×(1+11.7%×80%) |
マーケット賃料引き直し後評価額 | 299,790 | |
想定NOI利回り | 4.00% | 想定 |
想定NOI利回りベース評価額 | 320,066 |
これもかなり鉛筆なめなめですが…。直近時点(2020年10月)の情報を見てインベスコオフィスJリートの割安度、もしくは価値成長の可能性を検証してみました。
まず、評価の考え方としては物件取得価格(投資簿価)からスタートします。何年にもわたり投資しているので、過去からの価格上昇をうけ、取得価格である2258億円は含み益があります。
この含み益がいくらなのかをみるのが今回の買収のキモの一つです。
取得価格ベースのNOI利回りが5.18%と決算説明資料にありました。
これは実績値のNOI(賃料収入からコストを差し引いた収支)を取得価格(簿価)で割った数値ですが、都内中心のオフィスポートフォリオがこの利回り、価格で買えるならばみんな飛びつきます。
明らかに含み益があるというのがわかります。
一番スタンダードな適正価格の見方が鑑定評価額です。簿価に対して独立した不動産鑑定士はインベスコの保有物件を計2741億円と評価しています。
各リートも一口あたりのNAVもこの鑑定評価をベースに算出しており、下記にもその計算をしています(若干会社発表のものとはずれています)。
なお、鑑定評価は第三者による公正で合理的な評価ですが、必ずしも常に真実の評価額を表すものではありません。
価値を見る基準としては非常に有益な情報ですが、本当の価値は自分がしっかりとしたマーケットの知識を物件にかかる視点を持ちださなければいけないことを自戒を込めて記しておきます。
取得価格NOI利回りを基に実額NOIをはじき出し(2258億円×5.18%=117億円)、これを鑑定評価額2741億円で割ると、鑑定評価額ベースでの利回りは4.27%となります。
ここが評価をする上での実質的な出発点です。
まず、決算発表資料によると物件ポートフォリオの賃料は全体で約11.7%割安で貸しているとのことでした。
テナントが入れ替わりマーケット賃料で貸すことができれば11.7%高い賃料で貸せるということです。
便宜上、NOIを1.117倍して、一般的なNOI比率と言われる80%を掛けて適正賃料になった後の想定NOIを算出しました。そうすると評価額は2999億円まであがります。
また、鑑定評価ベースのNOI利回りは4.27%です。
これは超S級物件がほとんど入っていないとは言え、都心オフィスのキャップレートでこの水準は明らかな割安です。
都心S級オフィスですと少し前までは利回り3%を切る水準でした。目先の賃料や空室率の不透明感を加味しても数字を見る限りは割安に見えます。
近年のリモートワークの浸透と空室率の上昇で若干オフィスの見通しは視界不良な状況です。空室率上昇と賃料下落トレンドが見え隠れするので、投資家は全体的には弱気になりつつあります。
コロナで勃発。オフィス不要論の行方はどうなる?
-
コロナで勃発。オフィス不要論の行方はどうなる?
続きを見る
それでも、4.27%という利回りは今の市況でもかなり割安です。ここを加味してNOI利回りを4%で計算すると、物件の価値は3200億円程度まであがります。
マーケットがカネ余りで加熱してい今であれば都心オフィスはAクラスであれば4%を切っても十分売却できると思います。
つまり、適正賃料でのNOIを適正と思われるNOI利回り4%で割ると3200億円となり、鑑定価格と比較しても約450億円程度、10%以上の含み益がある計算となります。
この評価額を基にリート/投資法人全体の価値を見ていきます。直近の決算書である2020年10月期の資産をベースにして、不動産価値以外は全て変動が無い前提で計算していったのが下記です。
2020年10月時点(百万円) | 簿価 | 鑑定評価 | マーケット賃料 | NOI利回り4% |
流動資産 | 23,781 | 23,781 | 23,781 | 23,781 |
有形固定資産 | 230,795 | 274,131 | 299,790 | 320,066 |
その他固定資産 | 1,348 | 1,348 | 1,348 | 1,348 |
総資産 | 255,926 | 299,260 | 324,919 | 345,195 |
有利子負債 | 126,280 | 126,280 | 126,280 | 126,280 |
その他負債 | 15,496 | 15,496 | 15,496 | 15,496 |
純資産 | 114,150 | 157,484 | 183,143 | 203,419 |
発行口数 | 8,800,106 | 8,800,106 | 8,800,106 | 8,800,106 |
一口あたりNAV | 12,971 | 17,896 | 20,811 | 23,116 |
鑑定評価ベースでの一口あたりNAVは既にリートが発表しています。ちょっと数字がずれていますがだいたい18000円を切るくらいです。
これで適正賃料に直して評価した場合は一口あたりNAVは20811円となり、スターウッドグループのTOB価格とほぼ同じになります。
更に適正賃料を基に算出したNOIをNOI利回り4%で割った評価額約3200億円で計算すると一口あたりNAVは23116円となります。
この数字が仮に現実的であれば、スターウッドグループが一口20000円でTOBに成功して、賃料を適正な数値にもっていき、且つマーケットの利回りに大きな変動が無ければ10%以上は儲けることができるということになります。
スターウッドキャピタルグループはどちらかというとバリューアッドやオポチュニスティック型に強いファンドという認識のため、現状の50%弱というレバレッジを大幅に上げて買収し、リターンをブーストさせることも想定されます。
当然、スターウッドキャピタルグループがこのような想定価値の基買収を仕掛けているのかはわかりませんし、上記計算も細かく物件を見ていないので正しいかどうかは分かりません。
ただ一つ言えることは繰り返しになりますが買収がかかるということは賃料や評価額で割安と判断し、且つ買収後も収益を上げる確信があってスターウッドグループは仕掛けにきているということです。
インベスコオフィスリートの取りうる対抗策
インベスコサイドから見た現実的な対抗策は以下に絞られるかと思います。
インベスコオフィスの買収対応策
- 反対表明だけだして放置
- 買取額増額を提示してTOBに賛成表明する
- 自社グループもしくは他社資本(ホワイトナイト)を活用、場合によっては非上場化
反対表明だけだして放置
これは下策ですね。今の買値を吊り上げることなく反対表明だけだしてもインベスコからすると失うもののリスクが高すぎますし、現実的な対応策ではありません。
買取額増額を提示してTOBに賛成表明する
これは既存の投資主に対しての利益を確保するという上では最低限行ってもらうべきことかと思います。
しかしながらインベスコオフィスJリートの預かり資産は2000億円近くあり、TOBが成立すれば非上場化したのちにインベスコは運用を外れ、2000億円の預かり資産(AUM)に対する収入がなくなってしまいます。
インベスコは不動産以外にも幅広い運用をグローバル規模で行っている巨大アセットマネジメント会社ですが、近年ニーズが高いオルタナティブ投資の預かり資産をあえて捨てることを選択するのでしょうか?
オフィスJリート以外もインベスコは私募リートや私募のオープンエンド型不動産ファンド(米国、欧州、アジア太平洋)で展開しています。
特に国内の私募リートはオフィスJリートとビジネス的にも親和性があり、一部人材のプラットフォームも共有していると思われます。
オフィスJリートを失ってしまうと特にアジア太平洋地域の不動産運用プラットフォームの重要な一部を失ってしまう事態になりえる為、インベスコが抱える問題はそう単純ではありません。
その様な中で、投資主のみに資する選択をインベスコが取るとは思えず、これも他に最有力候補ではなさそうです。
自社グループもしくは他社資本(ホワイトナイト)を活用してTOB、非上場化
インベスコは自社グループの運用資産を守る為に自社にとって有利な形で運用をすることを最優先に対応策を考えるでしょう。したがってこの選択肢が選ばれる可能性が一番高いと考えます。
典型的な策としては非上場化資金を拠出してくれる投資家を探し、TOBのハコを作って友好的買収をしてもらうことです。
こうすればスキームによりますが非上場化した後もインベスコは私募不動産ファンドとして引き続き物件の運用を続けることができます。
例えば国内私募リートをすぐ設立するのは難しいのでシンガポールにインベスコが運用を受託するハコをつくり、実質買収者がそこに出資してスターウッドグループに対抗して投資口をTOBするということが考えられます。
買収する投資口を担保にシェアファイナンスを受けることができればレバレッジをかけることができ、リターン(リスクも)も上がる可能性もあります。
開示資料をみるとスターウッドキャピタルは実際にクレディスイスからファイナンスを受けるようですね。
世界的なカネ余りの中で日本のマーケット自体はポジティブにみられており、オフィスへの懸念があるにせよ2000億円規模の案件であれば興味を示す投資家は現れるでしょう。
投資家団を募る為に今投資銀行と必死に打ち合わせしているかもしれません。
他方で、いずれにしろ自社(もしくは他社)グループで買収する際は既存の投資主にとってなぜそれがベストであるかのロジックを考える必要がありますし、なぜ既存のスキームだとうまくいかなかったという説明責任もでてくるのでインベスコは厳しい状況でしょう。
または、他のJリートによる合併のような形でホワイトナイトを募る可能性があります。
ホワイトナイト受け入れ失敗に終わり結局スターアジアと合併してしまいましたが、スターアジアによるさくら総合不動産リート投資法人は三井物産系のリートである投資法人みらいをホワイトナイトとして招き入れました。
インベスコが同様の措置を行うかは不明ですが引き続き物件ポートフォリオの運用を行えるスキームであればあり得るかもしれません。
更に、Jリートと企業体ということで直接比較はできませんがユニゾホールディングスの様にこれを機に買収希望者が続々と現れる可能性もありますので更に事態が複雑化される可能性があります。
ユニゾホールディングスの問題を再度考察してみる
ユニゾの社債問題を考察【結局海外ファンドの一人勝ちか】
投資家が現れなかった場合は時限的な措置としてインベスコグループが自社の資金を使ってTOBに対抗するという方法です。
インベスコのみならず運用会社というのは自社のバランスシートを使うのではなく顧客から資金を預かって運用するのがビジネスモデルとなるので、自社の資金を使うというのは基本想定されません。
しかし、インベスコオフィスJリートのプラットフォームを失うことをどうしても避けたいというインセンティブがあればそこは一時的にも例外措置を行うことは考えられます。
インベスコリートオフィス敵対的買収により上場企業(法人)としての効率運営義務はJリートにも波及
上場している以上は利害関係者の一人である株主/投資主が不特定多数になるという大きなポイントの中で、彼らが納得する運営を行い価値を維持向上していかなければなりません。
価値が割安で放置されていると駆逐されてしまうというのは資本主義の枠組みの中では当然の行動とも言えます。
特にカネ余りの今は買収側の資金も豊富で上場企業に求められる効率経営がJリートにもしっかり波及し始めているとの印象を受けます。
スターアジア不動産投資法人によるさくら総合不動産リート投資法人の敵対的買収
同様の案件で記憶に新しいのはスターアジア不動産投資法人によるさくら総合不動産リート投資法人の敵対的買収事案です。
http://starasia-reit.com/ja/merger/index.html
スターアジアは合併による敵対的買収でさくら総合は三井物産系のリートである投資法人みらいをホワイトナイトとして支援を要請しましたが結局投資主総会で充足条件を満たせず救済失敗。
さくら総合は投資法人みらいに吸収合併されるという救済策でしたので、いずれの道をとってもさくら総合は消滅してしまうという状態でした。
結局スターアジアがさくら総合の吸収合併に成功しました。
今後発表されるであろうインベスコオフィスJリートの対応策に注目
スターウッドグループに対する対応策、今後現れてくる可能性のある買収者に対する対応策、運用会社として守るべきビジネス領域の検討など、インベスコはかなり厳しい状況にいるかと思います。
買付価格も攻防が激しくなれば20000円から切り上がっていくでしょう。企業と違うのでそこまで跳ね上がるのは厳しいかもしれませんが。
とはいえインベスコも運用のプロです。イメージとしては少し毛色が違いますが、スターウッドグループもインベスコも百戦錬磨の外資系運用会社ですのである意味レベルの非常に高い攻防を予想しています。
まず一手を出してきたスターウッドキャピタルグループに対してインベスコが繰り出す一手を半分楽しみに見守りたいと思います。
4/15のインベスコのプレスリリースを見て続編を書きました↓
インベスコオフィスJリートのスターウッドに対する第一手を発表
4/26プレスを見て更に続編を書きました↓
インベスコオフィスリートとスターウッドキャピタルそれぞれに動き